2 women to cry


a memorandum of dj2women
by womenscrossing
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ネコさん(夫)によるやっちゃん(妻)に関する言及

■金子信雄 1982/08/20 『ネコさんの好色十三月夜』,作品社

▼pp.22-23(初出:1978-01)
 名の売れた女に男がひっつくと世間さまでは例外なく【傍点:ヒモ】に見てくれる。
 私なんか、女房と一緒になって三十年経った今日でも、丹阿弥さんの旦【ダン】つくで、それは決して>23>好意的なものではなく、むしろひどく棘のある侮蔑的ないいかたである。

   〽よせばよいのに舌切り雀 なまじなめたが身の因果  都々逸

 ある亭主持ちのスター女優さんと、テレビでご一緒したことがある。
「丹阿弥さんは、ほんとうによくお働きになるわねえ! 私もそうだけど、子供を育てながら、あれだけ活躍するなんて、女として大変なことだわ。でも、金子さんはその分だけお楽だわね。うちもそうだけど、奥さまのほうが稼ぎは上でしょう。丹阿弥さん、ご主人を抱えたり、劇団を主宰したりして、ほんとにおえらいわ!」
「ハイハイ、私は髪結いの亭主でありまして、丹阿弥さんが、サン然と私の頭上に女王蜂のように輝きましましているので、私も役者としてホソボソとやっていけるし、家政夫として子供達に道楽の料理も作ってやれるのです。有難いことです。丹阿弥様は神様です」

▼p.84(初出:1978-05)
 髪結の亭主である私は、良妻賢母兼スター女優である夫人に頭があがらない。だから、日本国内では絶対に浮気が出来ない。そんなことをしたら、たちまち家を追い出されてしまう。その腹いせに、私はときどき外国へ行く。外国へ行けば、女房も金子信雄もない、ただの助平な男である。

▼p.200(初出:1978-12)
 私がいまの家人と一緒になって三十年、大学卒の息子が二人いる。ときには一家団欒、親子揃って食事を囲み、酒を汲【く】みかわす。そのとき、私はひどく孤独になるときがある。家長として座持ちをしている自分が、どこか他所でもこんなことをするのではないかという予感を持つ。つまり、ここにいる私は、三人に対して他人であるような仮住いの気分に襲われるのだ。家人と縁あって結ばれ子をなしたが、実は、これは偽りの愛の結晶を仕方なく守り続けているのだと……。

▼p.228-229(初出:1977-10)
 わが家にも三食昼寝つきが一匹います。でも彼女は仕事を持っています。何かいつも不満気な>229>様子を見せてます。二匹〔二人の息子か〕の片割れに文句をいったり、亭主に冷たい視線を投げたり、鼾【いびき】をかきながら台詞【せりふ】の寝言をいったり、忙しい五十歳の毎日です。
 亭主は、アラカルトの食い損【そこな】いだったなと思いながら、手前の晩酌の肴を使ってます。
 どうも、私は料理人としては失敗だったようです。
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by womenscrossing | 2013-03-05 23:10 | 丹阿弥谷津子さん

「丹阿弥谷津子さん」(1952年『アサヒグラフ』記事)

■丹阿弥谷津子さん(27*)
東京生れ 都立第十高女卒後 文化学院文学部に籍をおく傍 文学座研究生となる 初放送はその直後「ラジオ・ドラマ」女中の役でセリフ五つ その頃は動作が伴わないとセリフがでないので台本を手放し「プロデューサーをあわてさせた」民間放送発足以来 あちこちに引つぱり出され 平均週五回という活躍「名前が印象的なので 沢山でてるように思われるが実はそれ程でもない」現在「エンゼル・クイズ」(ラジオ東京)「天の夕顔」(文化放送)に毎週出演の外ドラマにも度々でている 初めはアルバイトの気持でやつていたが今はラジオなりの技巧に興味をもち 舞台の勉強にもなるので「大いにいそしんでいる」ラジオだと艶つぽい声を出すといわれるのはマイクでは声をおとすので落着いた声に聞えるのと 舞台では「その童顔ゆえに」中々艶つぽい役を与えられないことによる お婆さんの声をだした時は 自分できいていて さすがに面映ゆかつた由▲

出典:『アサヒグラフ』1952年9月17日号,25頁《告知板 新進ラジオ・スター》

* この時点(1952年9月17日)では正確には28歳。
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by womenscrossing | 2012-10-10 22:40 | 丹阿弥谷津子さん