2 women to cry


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「丹阿弥谷津子さん」(1952年『アサヒグラフ』記事)

■丹阿弥谷津子さん(27*)
東京生れ 都立第十高女卒後 文化学院文学部に籍をおく傍 文学座研究生となる 初放送はその直後「ラジオ・ドラマ」女中の役でセリフ五つ その頃は動作が伴わないとセリフがでないので台本を手放し「プロデューサーをあわてさせた」民間放送発足以来 あちこちに引つぱり出され 平均週五回という活躍「名前が印象的なので 沢山でてるように思われるが実はそれ程でもない」現在「エンゼル・クイズ」(ラジオ東京)「天の夕顔」(文化放送)に毎週出演の外ドラマにも度々でている 初めはアルバイトの気持でやつていたが今はラジオなりの技巧に興味をもち 舞台の勉強にもなるので「大いにいそしんでいる」ラジオだと艶つぽい声を出すといわれるのはマイクでは声をおとすので落着いた声に聞えるのと 舞台では「その童顔ゆえに」中々艶つぽい役を与えられないことによる お婆さんの声をだした時は 自分できいていて さすがに面映ゆかつた由▲

出典:『アサヒグラフ』1952年9月17日号,25頁《告知板 新進ラジオ・スター》

* この時点(1952年9月17日)では正確には28歳。
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by womenscrossing | 2012-10-10 22:40 | 丹阿弥谷津子さん